第7話 海外取材・その1

海外取材。一般の会社でいえば海外出張。
「んなもん、しょっちゅうだから行きたかないよ!」という方もいるかと思いますが、
大多数の人は「いいなぁ」と思われるでしょう。
私もその一人です。


昔はほとんどありませんでした

私がこの業界に入った頃から海外取材はありましたが、
当時は国内市販モデルは750が上限で、主力は250、400。
逆輸入車も今ほど一般的ではなかったため、
わざわざ海外に出かけて現地のモデルを詳細に取材する必要もなく、
モーターショーがあっても、後日メーカーから供給される写真や、
現地の雑誌と交渉して送ってもらう写真で十分ページが作れました。

そんなわけで、海外取材とはいっても、
BMWやハーレーといった海外メーカーの現地試乗会兼工場見学とか、
最新スポーツモデルのお披露目的なものが多く、
頻度も年に1回あるかどうか。

当時の「オートバイ誌」での誌面展開では、
ライディングテクニックもメカニズム面での知識もさほど必要ありませんでしたから、
その時期に比較的ひまで、今までに海外取材に出たことのない編集部員が選ばれて、
「今度はお前が行ってこいよ」的なノリがほとんど。
我々フリーに回ってくることはありませんでした。


2〜3年前から様子が変わって来ました

それが、国内でオーバー750が解禁になり、逆輸入車がグッと身近になると、
ちょっと様子が変わって来ます。

250、400クラスが下火になり、
大多数の読者の興味が明らかにビッグマシンへ移ったため、
輸出仕様のニューモデル情報や詳細なレポートを
しっかりやらざるを得なくなって来ました。

ところが、輸出仕様の情報というのは、
国内仕様のようにメーカーから勝手に資料が送られては来ません。
やる限りは少しでも早く、詳しく、というのが雑誌屋の性ですから、
メーカーに掛け合って現地で配る資料と写真を回して貰ったり、
乗れる人間、わかっている人間、書ける人間を現地に送るようになりました。

私自身も、輸出仕様と外車のニューモデル情報を集めに、
編集プロダクションに属していた頃の93年と
再びフリーになってからの99年の2回、イタリア・ミラノショーに行って来ました。

今回は99年のミラノショー取材でのエピソードをいくつかお話ししましょう。
仲間内にも、実情を知らないでやっかむ人間がいましたが、
「もう2度と行きたくねぇ!」と思うほどタフな5日間でした。


ミラノに着く前から”イタリア”を満喫しました

出発は99年9月13日。面子は私を含めて3人。
昼過ぎに成田を出て、パリ経由でミラノに入る予定でした。

「戻ったらそのまま原稿書きだなぁ。1回家に帰れるかなぁ。」
などと考えながら、余裕を持って成田に入りましたが、
チェックインの前に飛行機のチケットを確認すると、
同行するカメラマンの名前が間違っているのを発見!
このままじゃ飛行機に乗れません。

この時は日本ですからスムーズに書き直して貰えましたが、
そもそもこれがケチのつき始めでした。

12時間あまりのフライトを終えてパリのシャルルドゴール空港に到着。
そこからミラノのリナーテ空港まで飛ぶ便の出発まで2時間ほどしかありません。
ところがこのシャルルドゴール空港のデカイこと。
カメラマンの記憶を頼りにシャトルトレインを探したのですが見つからず、
結局シャトルバスに15分ぐらい乗って国内線ターミナルに移動しました。

「余裕で間に合ったね」などといいながら
アリタリア(イタリアの航空会社です)のカウンターでチェックインしようとすると、
なんと「オーバーブッキングで席がない」とかぬかします。
そんでもって「ビジネスクラスが空いてるから、
向かいのカウンターでチケット書き換えて貰って! もちろん金はいらないよ」ときたので、
「ビジネス? ラッキー!」と思い通路の反対側のカウンターを見ると誰もいない。
「今、食事に行ってるから12時には戻って来るよ」とのこと。
飛行機飛ぶの12時30分なのに……。

それでも、「向こうがそう言うんだから飛ばないだろ」としばらく待っていると、
12時が近づくに連れてカウンターに人が集まり始め、
コーヒー片手におばちゃんが戻って来た頃にはその数ザッと30人。

チケット片手に文句タレてるオッサンもいれば、
「このコンピュータ画面はオレのだ!」と回りの客を威嚇しているオッサンもいる。
同行したもう一人のライターが、強面を活かして何とかチケットをゲットしたものの、
マジに「乗れないかも」と思った数10分でした。

ところが、ホッとして席に着き、ふと上を見上げると、
窓がはめ込まれているサイドパネルの上に隙間が開いていて、
中にアルミホイルみたいので巻かれた配線らしきものが見えて「オイオイ!」。
飛んでるって〜のにコクピットのドアが開いたままで「オイオイ!!」。
初っぱなからイタリアンのアバウトさを満喫できました。

そんなこんなで、現地時間13日の夕方にホテルに入り、
ミラノ駅の近くのレストランで夕飯を食べて、
翌日に備えて早めに寝ることにしました。



またもや長くなってしまいました。
この話の続きは第8話でお送りしたいと思います。